作詞家生活40年以上。積み上げてきたその数は4500曲にも及ぶ秋元康氏のアイドルソング。この連載では氏が書いてきたシングルにスポットを当てる。氏の歌詞は、一読しただけでは真に言いたいことを見落としてしまい、じっくり読んでも理解が追いつかない。そんな謎が行間のあちこちに潜んでいる。考えれば考えるほど単純ではない世界の深淵をのぞいてみませんか……?
櫻坂46にとって8枚目となるシングルのタイトルが『何歳の頃に戻りたいのか?』と発表されたとき、思った。なぜやすすは曲のタイトルに「?」をつけたがるのだろうか、と。
これは筆者の思い込みだろうか。それとも、リスナーにとっての共通認識でもあるのか。AKB48が発足した2005年12月以降、やすすが総合プロデュースを手掛けているグループの「?」ソングを調べてみた。
前田敦子……『ダンディライオン いつ咲いた?』
ノースリーブス……『いーんじゃね?』
SKE48……『ソーユートコあるよね?』『Who are you?』(松井珠理奈)『ゲームしませんか?』(Passion For You選抜)『愛のために何を捨てる?』『Is that your secret?』(Team E)『だって雨じゃない?』『未来とは?』
NMB48……『職員室に行くべきか?』(Team M)『なぜ、僕は立ち上がるのか?』(同)『我が友よ 全力で走っているか?』(同)『もう一度、走り出してみようか?』(城恵理子)『太宰治を読んだか?』
HKT48……『ビーサンはなぜなくなるのか?』『How about you?』『大人列車はどこを走ってるのか?』(8%)『天使はどこにいる?』(fairy w!nk)『キスは待つしかないのでしょうか?』『さくらんぼを結べるか?』(4期生)『君はどうして?』『キレイゴトでもいいじゃないか?』
NGT48……『春はどこから来るのか?』『世界はどこまで青空なのか?』『君はどこにいる?』
STU48……『君は何を後悔するのか?』『花は誰のもの?』『海の色を知っているか?』(勝手に!四国観光協会)『Which is which?』(STUDIO)
AKB48+SKE48+NMB48+HKT48……『青空よ 寂しくないか?』
乃木坂46……『さ~ゆ~Ready?』(松村沙友里)『僕のこと、知ってる?』『Am I Loving?』『泣いたっていいじゃないか?』『僕が行かなきゃ誰が行くんだ?』『人はなぜ走るのか?』
欅坂46・櫻坂46……『なぜ 恋をして来なかったんだろう?』『誰がその鐘を鳴らすのか?』『もう森へ帰ろうか?』『波打ち際を走らないか?』(青空とMARRY)
日向坂46……『Am I ready?』『君は逆立ちできるか?』『夢は何歳まで?』『Right?』『どうする?どうする?どうする?』『どうして雨だと言ったんだろう?』『こんなに好きになっちゃっていいの?』『こんな整列を誰がさせるのか?』(1期生)
坂道AKB……『誰のことを一番 愛してる?』
ラストアイドル……『君は何キャラット?』
吉本坂46……『誰を殴ればいい?』(MJ)『抱いてみるかい?』(ビター&スイート)
IZ*ONE……『どうすればいい?』『好きになっちゃうだろう?』
青春高校3年C組……『また会いたいと思える友に、人生で何人巡り逢えるか?』『夕焼けはなぜ、一瞬なのか?』
22/7……『君とどれくらい会わずにいられるか?』『君は誰だ?』(晴れた日のベンチ)『風は吹いているか?』
ザ・コインロッカーズ……『泣かせてくれないか?』『僕はしあわせなのか?』『月はどこへ行った?』
18年ほど前からやすすが書いてきた「?」ソングはざっとこれだけ存在する(すべてではない)。すべて書き出すとキリがないので、このへんでやめておくが、作詞する数も異常なら、「?」ソングの数も異常に多いことがわかる。Team Mと日向坂46にやたら集中しているのは偶然かと思われるが、どちらにしても日本一「?」ソングを作詞してきたのはやすすである。そう断言していいだろう。
さらに調べてみたところ、やすすは20~40代の頃は、「?」ソングをほとんど書いてこなかった。「?」の急増はAKB48の『夕陽を見ているか?』に端を発し、2010年代半ばから加速している。どういった心境の変化なのか。
ここで、櫻坂46の『何歳の頃に戻りたいのか?』の歌詞を読み解いていこう。主人公は寝そべってスマホを眺めながら、怠惰な時間を過ごしている。元野球部員だった彼は、グラウンドで汗を流していたあの日々をふと思い出す。過去は輝いていた。しかし、時は巻き戻せない。だったら、未来をどう生きるかを考えるほうが重要ではないか。だって、思い出される日々なんて、よくよく考えてみれば至って普通で、今の自分と比べて過去を美化しているだけではないか――。そんなことが書かれている。
青春は何かと美化されやすい。それは、やすすがパーソナリティを務めるラジオ番組『いいこと、聴いた』(TOKYO FM)でも何度か語られている人生観だ。
確かに、青春を思い出したところで一銭にもならない。それよりも大事なのは、明日、あるいはもっと先の未来だ。そんなことをやすすは櫻坂46に説いているように聞こえる。アイドルはすべからく若い。未来ある彼女たちに人生の先輩として言っておきたいことを伝えているのだろう。それが、AKB48結成以降、「?」ソングが急増した理由だと思う。
では、櫻坂46にとっての過去とは何か。それは欅坂46時代のことに他ならない。東京ドームにまで到達したあの日々はもう戻ってこない。絶対的センターもいない。それより櫻坂46として前を向いていこう――。そんなことを櫻坂46に歌わせながら、人生との向き合い方を大衆に説いているのだ。
実際問題、櫻坂46のメンバーが過去にこだわっているかどうかは、聞いてみないとわからない。だが、このシングルには、1期生が誰もいない。そのタイミングで、前を向くことの必要性をいま一度、やすすは説いているのではないか。
『夕陽を見ているか?』もそう。人生いろいろあるけれど、足下ばかり見ていないで、夕陽が沈もうとしている空に視線をやってごらん、という曲だ。
『キスは待つしかないのでしょうか?』は、欲しいものは“待つ”のではなく、自分から掴みに行け、という暗喩だ。
『こんな整列を誰がさせるのか?』は、人間はもっと自由でいいだろうというメッセージが直接的に描かれている。
「?」ソングのほとんどが大衆へのメッセージであり、時には歌唱するメンバーへの激励にもなっている。
やすすが『夕陽を見ているか?』を書いたのは49歳の時。50手前になると、人間は何かと“言いたがり”になる。自分より年下に対して「人間とは~~」「人生とは~~」と定義したくなるものだ。
ところで、やすすには本当に戻りたい過去はないのだろうか。『夕焼けニャンニャン』時代、ニューヨーク時代、野猿時代……。次に会った時に尋ねてみたい。「なぜ“?ソング”が多いんですか?」という質問は……しないでおくことにしよう。
文/犬飼 華 イラスト/小林稜弥