「一緒に生きていく仲間を見つけたんだね」と言ってもらえて
さて、筆村さんはいかがですか?
- 筆村
どの年も印象深いですが、2022年ですかね。その年の5月1日に、現体制になって初めてCDとして1st フルアルバム『GAY STAR IN THE GALAXY』を発売したんです。それまでは、コロナ禍ということもあって、前進したかと思ったらまたストップするということを繰り返していた2年間だったので、やっと形にできたことが嬉しくて、すごく印象に残ってます。で、そのCDを引っ提げて全国ツアーを開催したんです。全国11都市を巡るんですけれど、その中には僕の出身地である北海道も含まれてました。初めて北海道でライブをすることになり、初めて両親がライブを見に来てくれたんです。
実は、2020年に加入と同時に、自分のセクシュアリティをカミングアウトした時、お母さんから「気づけなくてごめんね」というLINEをもらいました。でも、なんて返していいかわかんなくて、返さなきゃとは思っていたんですけど、無視しちゃって……。別に、それから口を聞いていないわけじゃないんですけれども、できるだけ、そのことについて何も触れないみたいな、ちょっと距離を置いてるような2年間を過ごしていました。
そんな中での凱旋公演だったんですね。
- 筆村
はい。そのライブで披露した曲の中に、『言いたいことも言えないこの世の中じゃん』という曲があるんですが、その曲は二丁魁の曲の中で唯一、自分たちのようなセクシュアリティについて歌った曲なんです。その曲を披露するのも怖かったというか……。だけど、初めてライブを観てくれたお父さんに、「一緒に生きていく仲間を見つけたんだね」と言ってもらえて。ある意味、対面で初めてカミングアウトできたじゃないけど、ライブを通して、自分の本当の姿みたいなものを見てもらえた年だったので、2022年は自分の中で大きなきっかけだったと思います。あと、今もわざわざ自分のセクシャリティについて深掘りするような話を家族とはしたことがないんですけど、ナチュラルに、両親と距離を縮められたのかなと思います。
グループとしての活動とともに、筆村さんご自身にとっても、大きな意味を持つ一年だったんですね。
- 筆村
あと、全国ツアーでメンバーと一緒に飛行機に乗ったり、泊まりがけで各地を回ったりと、生活を共にしながら活動できたのも、その頃が初めてだったんじゃないかな。そういう意味でも、大きく歩み始めた年だったと思います。今コロナ禍を振り返ると、予定していたライブができなくなるなど、悔しい想いもたくさんありましたけど、ある意味、助けられた部分もあって。加入当時は30曲ちょっとあった楽曲を覚える必要があったんですが、練習する時間がたくさんあったので。そういう意味ではよかったなと思います。
- 日が
そうそう。だから、楽しみも多かったよね。無観客でのデビューだったので、そこから有観客でライブができるようになって、少しずつ状況が変わっていく過程を知れたというか。もどかしさもあったけど、徐々に元に戻っていく様子を見られたので。野音での対バンイベントに出演した時、初めておなカマの声出しが解禁になったんです。本番直前の影ナレの時からおなカマの声が聞こえてきて、その時からウルウルしていましたし、ライブが終わった後はみんなで泣いたよね。

では最後に、ぺいにゃむにゃむさんお願いします。
- ぺい
私は、20……13年! ぺいにゃむにゃむ加入の年で、本当に人生がいい意味で変わりました。人生で一番大きな壁にぶち当たったのも、2013年でしたね。それまではずっと責任感から逃げて生きてきたし、人と共存したり、自分からそういう輪に入ったりしないようにしてきた人生だったんです。でも、ファンの方にお金を払っていただくということを通して、あらためて責任感の重みに気づけました。自分視点からしか物事を見てこなかったので、他人からはこう見えるんだということを、ミキティーに気づかせてもらえた。だから、世界が本当に180度変わったぐらい、衝撃的な出会いでした。
ミキさんとの出会いが大きな転機になったとのことですが、ミキさんから見て、加入当初のぺいさんはどんな印象でしたか?
- ミキ
加入した時、初めてのステージに向けて練習していたんですけど、「本番、緊張しない」って言っていたんですよ。だから、「じゃあ、ここは任せたよ。こういうふうにやってね」と決めたところがあって。本番前も緊張する様子はなくて、「超楽しみ!」と言っていたんですけど、いざステージに出たら、私がこだわって「こうやってほしい」と思っていたところをまったくやらずに、一人で暴れて踊っていたんですよ。
おお!(笑)
- ミキ
本番が終わった後、もちろん怒りました。でも、それ以上に印象に残っているのが、ライブ後にパフォーマンスの動画を確認していた時のことです。私たちがちょっとした角度ができていなかったりすることを悔しがっている姿を見て、きっとぺいちゃんは「この人たち、真剣に命をかけてやっているんだ。ノリでやっているんじゃないんだ」って思ったんですよね。だから、2回目のステージからは間違えるのが怖くなって、緊張するようになった。「あ、ガチの集団だったんだ」って、裏側を見た時に、心を決めたんだと思うんだよね。そこからは、緊張してうまくできない、みたいな感じだったよね。
- ぺい
うん。「私がここでミスしたら、このグループに対する世間の評価が下がっちゃうんだ」って感じて、緊張するようになったし、ミスをすることが怖くなったんです。自分一人だけの問題じゃないし、「自分が責任を取って辞めます」ということもできないので。

先ほど、ぺいさんは「責任感から逃げて生きてきた」とお話しされていましたが、加入当初、メンバーの皆さんの真剣な姿を見て、自分には合わないと感じて辞める選択肢もあったのかなと思います。
- ミキ
私もそれは思った。なんで辞めなかったの?
- ぺい
やっと自分にできることが見つかって、勝ち取れたという感覚があったんです。ずっと何かになりたいと思っていたけど、自分から手を伸ばすことも、掴みにいくこともしてこない人生だった。だから、やっと掴めたものを離しちゃダメだなって思って、ずっと続けてこられたんだと思います。
あとは、応援してくれる人が増えていく中で、その人たちが本当に命を懸けて応援してくれていることがわかったから、その人たちのためにもステージに立ち続けなきゃいけないなって思いました。ただ、友達には「やめると思った」って言われましたね(笑)。それでも、「このグループは売れる」って思ったからこそ、このチャンスを逃しちゃいけないって思ったんです。
- ミキ
だから、そのガチさを見ても辞めずに、今までそういうことやったことなかったけど、周りに合わせて、やっていこうと思ったんだ。

