ガラスガールNEXTでお送りする、毎月さまざまなアイドルが登場しフリーダムに執筆する「マンスリーアイドルコラム」。
2026年9月水曜を担当するのは、Sepiacode(セピアコード)の須賀美月。
彼女のコラムは今月9日、16日、23日、30日の全4回配信。初回は、今年でアイドル歴12年を迎える彼女の「アイドルのはじまり」を振り返ります。
なお、火〜金曜それぞれ初週はガラスガールNEXTに未加入の読者も閲覧可能。このコラムが気になったら、来週以降はぜひ、ガラスガールNEXTへご加入を。
「ここで鍛えたら、人生、捨てたもんじゃない」
初めまして!
Sepiacodeの赤色担当 須賀美月(すがみづき)です。
今回、水曜日のコラムを担当します! 宜しくお願いします。
芸歴12年目です。それにちなんで芸能活動を振り返りコラムを書いていきたいと思います。
初回と言うことで私の芸能活動の始まりを書いていきます。
その前に今回の内容をざっくりと絵日記にも書かせてもらいます。
なぜ絵日記を書くのかというと、以前TIF2026に向けて始まった武者修行で私はライブを分析する内容の絵日記を書かせてもらっていました。
それを見たガラスガールの編集さんから「このコラムでも書いて欲しい」とリクエストをいただいたからです。

どうですか?
これからも毎回絵日記でもコラム内容を書かせてもらいます!
宜しくお願いします。
さて、私が芸能界を目指すきっかけになったのは、KARAさんでした。小学校高学年の頃、テレビで見た瞬間に釘付けになり、曲を聴くだけで元気をもらいました。
当時の私は、人前で一人で歌ったり踊ったりするのが恥ずかしいタイプ。でもKARAさんを見たとき、衝撃が走り、「私も人前で踊って輝いて、たくさんの人を魅了したい」と思うようになりました。
そこからCDやDVDを買ったり借りたりして、夢中で曲を覚えました。1週間で10曲以上覚えたこともあります。
私はダンスを習っていたわけではありません。五人兄弟だったこともあり、一人ひとりが好きなことを習えるような余裕はありませんでした。小学生から成長しても、その状況は変わりませんでした。
高校当時はバイトをしていて交通費なども自分でまかなっていたので、習い事をする余裕もなくて。映像を何度も見ながらひたすら完コピしていました。学校でもK-POPを踊るようになりいつしか「この子は踊る子」と言われ、私が踊ると人が集まるようになりました。
そんなある日。踊る事が好きな私に、母が新聞で滋賀県発のダンス&ボーカルユニット「フルーレット」のオーディションを見つけてくれました。
人生で初めてのオーディション。
応募用紙がなかったので自分で手書きをして、アイドルになりたい理由や動機を一生懸命書きました。
一週間ほどして事務所から電話があり、面接へ。当時はバイトを掛け持ちしていて時間を合わせるのも大変でしたが、バイトを休んで母と一緒に向かいました。
そのとき母が、私が以前不登校になった時期があったことを社長に話してくれました。そんな私を元気にしてくれたのも、アイドルの存在でした、と。
すると社長が言ってくれたんです。
「ここで鍛えたら、人生、捨てたもんじゃない」と。
過去の自分を否定せず受け入れてくれたことに、今でも感謝しています。
歌やダンス、フォーメーションを必死に覚えました。 「ダンスはできます。歌は頑張ります」と答えたことを覚えています。最終審査をくぐり抜け、念願のステージデビューを迎えました。
そのとき追加メンバーとして選ばれたのは数名。一方で、最終審査で選ばれなかった子たちもいました。
私は、正直、複雑な気持ちでした。
もちろん、自分が選ばれたことは嬉しい。
でも、「できれば全員でデビューしたかった」という思いもありました。一緒に練習して、一緒に頑張ってきた仲間だからこそ、全員でステージに立ちたかった。
でも、その経験を通して、子どもながらに初めて実感したことがあります。
アイドルは、人に元気を与える仕事。
夢や希望を届ける仕事。
でもそのステージに立つためには激しい競争の中で「選ばれる」必要がある。
誰かが選ばれれば、誰かが選ばれない。
それまでの私はただ「アイドルになりたい」「踊って人を魅了したい」と思っていただけでした。
でも、このとき初めて、アイドルという仕事の厳しさを知りました。
そして同時に、「選ばれたからには、応援してくれる人に恥ずかしくないように頑張らなきゃいけない」とも思うようになりました。
こうして私は、何も分からないまま芸能界という世界に足を踏み入れました。
今思えば、ここが私の芸歴の本当のスタートだったんだと思います。
そして、とうとう立った初めてのステージ。
初めてのステージデビューの日は、たくさんの方が私たちを見に来てくださいました。
もちろん緊張していましたし、何もかもが初めて。ステージに立っていること自体が夢のようで、終わった後もふわふわしていたような感覚だったと思います。
そんな初ステージを終え、初めてのチェキ撮影。
「誰も来てくれないだろう」と思っていた私の前に並んでくれる方がいました。「ちっちゃくて存在感がある」と言っていただき、身長140cmの私にも見てくれる人がいることに感動しました。それまで気にしていた「小さい」ということが、私の個性であり目印になった瞬間でした。
