ターニングポイントになる年

2025年、月刊PAMは解散が決まっていた。
- 船井
そう、解散する予定だったんですよ。忘れてた!
- 宇都宮
この人全部忘れるんですぅー!
- 船井
本当に本当に何度も言って申し訳ないけど、木村さんは渋谷WWWの3日前くらいまでライブのことを何にも決めなくて。「そんなんだったらやらないほうがいいよ!」「じゃあ辞める?」みたいにヒートアップしちゃって。
- 宇都宮
思い出した? という感じで、当時ものすごくギスギスしていまして。私たちも、木村さんも結構気が強いので、売られた喧嘩は買うじゃないですけど、取っ組み合いを始めると止まらないんです。
でも、月刊PAM自体がやっぱり自由というか、「木村さんとマネージャーさん」、「船井」と「私」という三角形で始めて、メンバーがいっぱい意見を聞いてもらえる形だったので。手伝ってもらう人がどんなに増えたとしても、その三角形の中で主導権を誰が握っているのか、あやふやな状態のままだったのが難しかったんだろうなと思います。(三角形である以上)大人が決めたことをプレイヤーがやるじゃなく、自分たちが指揮を取ることも大切なのか、と。

なるほど……。
- 船井
当初、9月の下北沢シャングリラで解散する予定だったんですよ。
- 宇都宮
「解散する会場押さえました。シャングリラ」って言われて。
主戦場だった下北沢で、一番大きいライブハウスですね。
- 船井
「シャングリラ押さえて解散するとか、馬鹿じゃないの!?」「それが押さえられるなら、やるし!」みたいな。……今思い出したんですけど、当時、オガワさんとデニーズで1時間くらい話した日があった。オガワさん、「解散させるのはもったいないんで、僕動きます」「僕が立て直します」って、積極的に。今まで一言もグループに口出ししてきたことなかったのに!(笑)
- 宇都宮
笑い事じゃないよ本当に。

- 船井
今となっては面白すぎた。でも、「オガワさんがそんなに言ってくれるならやるかぁ」って。「1ヵ月ね」って言って待っている間に、藤井さんが月刊PAMに来て、解散の話もどこかに行って。
“喧嘩”の中でプロデューサーが動いて、サウンドプロデューサーも親身になってくれて、そして最後に藤井ゆういち(※)氏が月刊PAMに加わって、これまでのチームにない交通整理が行なわれた、と。一応、解散の危機は回避できたんですかね。
※大手事務所で10年以上、アイドルグループのチーフマネージャーに従事。昨年半ばに月刊PAMのチーフマネージャーに
- 宇都宮
そうですね。木村さんという共通の敵ができたのもあり(笑)、口に出すわけではないんですけど、私たちの中にも「見返してやる」みたいな気持ちが増えていったし、そこに藤井さんというエネルギーの大きい、起爆剤みたいな人が入ってくれて。
- 船井
藤井さんが入ってから、曲はどんどん増やしてくれるし、ワンマンやツアーに向けてやってることはそこまで変わらないけど、形として見えてくるスピードが増して。アルバムの制作期間と、ライブの準備期間を整えてくれたのも大きかった。

チームの構成で大きくモチベーションも変わるというか。
- 宇都宮
藤井さんが整えてくれて、実は振り返れば、「月刊PAMを今後続けていく中で、結構なターニングポイントになる年」だったのかなと思います。実はちょっと事務所の形態も変わって。木村さんがちょっと切羽詰まっていたのもなんとなく伝わっていたし。
- 船井
お互いが不安定だったね。
