ドクンドクンと心臓が激しく脈打つのが耳元で感じられる
筆者も中川家・剛とまったく同じ症状に見舞われたことがある。
私の場合、小学校高学年から大学時代まで、10年以上続いた。当時は原因も病名もわからず、ただ一人で悶々と苦しむしかなかった。周りに似たような症状を患っていそうな人もいなかったので、「誰かに話したところで共感してもらえない」と思い、誰にも話さなかった。
大学時代のこと。しばらくこの病気のことは忘れて過ごしていたのだが、突如として再発した。大学の最寄り駅で下車し、キャンパスまで歩いて5分の道のりがどうしても歩けなくなったのだ。
大学に近づくにつれ、止めどない嘔吐感が襲ってくる。ついさっきまで電車に乗っている最中は何ともなかったのに……。なんとか堪えて歩こうとするのだが、再び襲ってくる嘔吐感。体中から汗が流れ落ちてくる。堪えた結果、目は涙でいっぱいになる。ドクンドクンと心臓が激しく脈打つのが耳元で感じられる。1分に1回だった嘔吐感は30秒に1回、20秒に1回、5秒に1回……と容赦なくペースを上げてくる。息ができない。駅からキャンパスへと向かう数千人の同窓生をしり目に、「ダメだ。戻ろう」と決意して、駅へと踵を返す。先ほどとは逆方向の電車に乗ると、さっきまでの嘔吐感はきれいさっぱり消え去り、すっきりした気持ちで帰途についている――。
そんな毎日が続いたため、数か月間、大学に行かなかった。
大学に行くことがそんなに嫌だったわけではないのだが、どういうわけか「大学=プレッシャー」と結びついてしまったようだった。専門家の診察を受ける勇気がなく、家でただただゲームをして、時間をつぶしていた。病気を忘れるためだった。
そうした経験があるため、中川家・剛や小池美波の気持ちがほんの少しではあるが、理解できる。
長文のブログを投稿した小池美波は、発症した原因についてこんなことを書いている。
「言葉」「文字」「誤解」だけは
どんな相手だろうと
気を付けていただければ、と思います。
嫌でも目にしたり、耳にしたりすると
どれだけの幸せや嬉しい言葉をいただいても
たった一つの悲しい言葉や文字で心が
いっぱいになってしまうこともあります。
気にしなくていい、ができないこともあります。
それは消したくても、消えないものなんです。
見ないようにする、聞かないようにする。
そうする事が出来ないこともあるんです。
(小池 美波 公式ブログ 2023/12/11 より抜粋)
これが原因です、と明記してあるわけではないが、彼女の場合、インターネット上の心ない書き込みに心を引き裂かれてしまった、と言っているのだろう。
これと同じ例は各アイドル運営からいくつも聞いている。年齢や性別に関係なく陥る症状なのだから、か弱き乙女が心を病むのも無理はない。
ファンができる最低限のことは、ネットにネガティブなワードを書き込まないことだ。軽い気持ちで書いたとしても、その刃はアイドルの心を少しずつ削っていく。
ネットはアイドルにストレスを与える。ストレスは過食へとつながりやすい。単なる過食と侮ってはいけない。元AKB48の岡田奈々も、中元日芽香も過食から休業に移行している。ストレスは病の始まりなのだ。
多くのアイドルが休業するようになった理由のひとつは、ネットの存在だろう。善意に包まれた世の中になれば、アイドルは笑って活動できる。だが、現実はそうはいかない。ひとつ言えるのは、ファンは加害者にも、心の拠りどころにもなり得るということ。アイドルが体調不良を訴えた時、あるいはその前兆が見えた時、事務所の「大人」たちが的確措置をとれるように、病への理解を深めることが大前提ではあるが、大半のファンだって「大人」だ。アイドルが言葉によって傷ついていることを知ったうえで応援する――。これが真のファンというものだろう。
文/犬飼 華 イラスト/小林稜弥