ガラスガールNEXTでお送りする、毎月さまざまなアイドルが登場しフリーダムに執筆する「マンスリーアイドルコラム」。本日より7月金曜を担当するのは、シオリベル・楠すい。
彼女のコラムは今月10日、17日、24日、31日の全4回配信。ちなみに、火〜金曜それぞれ初週はガラスガールNEXTに未加入の読者も閲覧可能。来週以降はぜひ、ガラスガールNEXTへご加入を。
私は知らなかったのです
はじめまして。Task have fun・熊澤風花さんプロデュースアイドルグループ「シオリベル」に在籍しています、楠すいです。
シオリベルはまだデビューして3ヶ月のひよっこなのですが、ありがたいことにガラスガールさんでこうしてコラムを書かせていただくことができて本当に光栄です。偉大な先輩でありプロデューサーの風花さんの背中を追いかけて、ぐんぐん前へ進んでいきたいです!
あなたの心を掴んで離さないような文章を書きたいと意気込んでおりますので、全4回どうか最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
記念すべき初回は、私の生い立ちやここに至る経緯について、お話ししていきたいと思っています。

私は小さい頃からアイドルが夢だったわけではなかったんです。
というのも、人並みにはAKB48さんやKARAさんが好きで追っていたんですけど、アイドル=住む世界が違う人と勝手に思っていたというか、私なんかがなれないと思っていたというか。
大体の女の子が一度は漠然と思う、アイドルになれたらなあ〜と考えたことがあるくらいでした。
とはいえ、小学校3年生の時の文集に書いた将来の夢はモデルでした。いや全然目立ちたがりやないかい。
私は当時、両親に愛読していたニコプチのオーディションがあるから受けたいと相談したのですが、「手に職をつけなさい」ともちろん反対されてしまいます。
その時、「表舞台に立つお仕事を選んでは、両親を喜ばせることができないのか」と幼心ながら察し、諦めることになります。
そこからの将来の夢は、薬剤師→航空管制官となるのですが、今思えばやりたいことがわからなくて両親からこれがいいんじゃない?と教えてもらった職業を「夢」としていた気がします。
高校生の時は、進学校に通っていたので勉強も部活も忙しくて充実していました。
新しいことを始めようと少林寺拳法部に入って、後に全国大会に出たり女子部長になったりします。この経験は、今では特技やトークの鉄板ネタとして私を紹介する要素のひとつになりました。
ちなみにハイキックの振りは大好物です(笑)。

私の転機は誰が何と言おうと大学時代です。
大学入学の機会で地元を離れ、見知らぬ地で初めての一人暮らしを始めます。コロナ禍で授業はオンラインばかり。サークルも体育館の収容人数の影響で毎回参加をかけたルーレットを勝ち抜く必要があり、友達を作るのにとっても苦戦しました。
そして私は何と言っても重たい女(急だな)。
友達は狭く深く派で、懐に入れた人はかなり大切にするというタイプなのですが、当時は私が未熟だったのもあり、仲良いと思っていた子達に大学入学してから3ヶ月ほどで縁を切られてしまいます。
人間関係でかつてないほど悩み、ひとりでいる時間だけがあり、ここで初めて自分のしたいことはなんなんだろう? このままでいいのか? 自分の人生は自分で決めなきゃいけないよね、と痛いほど考えるのです。
「え〜っとちょっと遅いかも」「普通、進路決める時にするよね」というツッコミはぜひ心の中でお願いしますね。


そこから学校以外のコミュニティを作らないと駄目だと行動して、撮影会に所属して被写体活動を始めたりミスコンに出場したりしました。
そこからは本当に楽しかったな〜。自分の気持ちに素直になって、未知の世界に飛び込んで、やっと本当の自分になれた気がしたんです。
それまでの私は出来るだけ人から嫌われないように、目立たないように、自我を隠すことに必死でした。何に必死になってたんだろうって、今となってはすごく思うけど、自分を出すことってとっても勇気がいることだったな。
と、書きながら当時に耽って感傷に浸ってますけど、まだアイドルという文字がほとんど出てきていなくてどうしよう! 離脱されてない? 心配!
私がアイドルになろうと思ったきっかけというか、初めて行動まで起こせたのは、人生最初の推しSILENT SIRENのすぅさんがアイドルオーディションを開催すると知ったからなんですね。
ダンスは昔、少しだけヒップホップを習っていたことがあったけど、歌は未経験で。これまでアイドルを目指してきた人生じゃなかったから、超ダメ元というか進んだら奇跡!みたいな気持ちでした。反対されるのがわかってたから、誰にも言わずに勝手に応募して。
でも、なんの奇跡か、最終審査まで進むことができたんです。

最終審査で、アイドルだった子やずっと目指してきた子と対峙して自分の未熟さも、この世界の厳しさも。沢山のことを痛感しました。この経験が私を何倍も何十倍も成長させてくれて、今の私があるのは間違いないです。
そこから自分の可能性も、アイドルになることも諦められなくなってしまったんだよな〜〜。
地方にいながら沢山のオーディションを受けて、多い時は週2くらいで東京に通って。グループが決まってすぐ、大学を休学して一人暮らしの家を出て上京して。この時の行動力は我ながら尊敬します。
そのくらいアイドルになりたかったんだなあ。

2年ほど、今はない「柑橘クーベルチュール」というグループでアイドル活動をしていました。私は本当にアイドルに向いていないんじゃないかと何回も思ったし、上手くいかないことばかりだったけど、毎日なんだかんだ充実していたし、出会えたメンバーもここでさせていただいた経験も全てが財産です。
解散がきっかけで一度アイドルじゃなくなった時、いろんな道を考えました。演技もやってみたいし、やっぱり被写体がいいかなとか、はたまた美容業界に就職してみようかなとか。
それでもまだアイドルとして叶えたい夢があって、ありがたいご縁に結ばれて今に至ります。

ここまで読んでくれた方はこいつはアイドルというものにそこまで執着していないんじゃないか、そうお思いではありませんか?
確かに長年ずっとアイドルが好きで、アイドルになりたくてという方には及ばないでしょう。
私は知らなかったのです。こんなにも熱くて尊くて眩しいほどに輝く世界を。
遅いかもしれないけれど、私は今になって「アイドル」の沼にハマりすっかり虜になってしまいました。すべてのアイドルさんをリスペクトしてやまないです。
他の道を考えたのが嘘みたいに、「1人でも多くの人を惹きつけて離さないような熱量がカンストしたライブがしたい!」とか、「曲の幅を広げられるくらい表現力のあるパフォーマンスをしたい!とか」、「シオリベルでここに立ちたい!」とか。
アイドルじゃなきゃいけない理由が、いくつもいくつもあるのです。
まだまだ「始まったばかりなんだ♩」なシオリベルですが、私はここでいつまでもずっとみんなと青春していたいと思っています!
大きくなれるように沢山頑張るのでついてきてください!

さて、どんどん熱くなってしまい皆さんを置いてってるのではないかと心配になってきたので、この辺でお暇しましょうか。
ここまでこんなにもまとまりがなく拙い文章を読んでくださってありがとうございます!
かなり赤裸々に書かせていただきました。私ってこんな人間です。どうか好きになって。
これでも話し足りないくらいで、私ってほんとにおしゃべりというか、要約力皆無というか。ということで、また次の金曜日にお会いしましょう!
PROFILE
楠すい(シオリベル)
くすのき・すい
5月2日生まれ、群馬県出身。血液型O型。メンバーカラーは赤。
2026年、Task have Fun・熊澤風花プロデュースグループ「シオリベル」のメンバーに。
趣味はドラマ鑑賞。チャームポイントは目。特技は少林寺拳法。
文・写真/楠すい(シオリベル)
