INTERVIEW

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「どんな夢も叶えさせてもらったし、どんな夢も叶えてきたなと思うんです」16年の活動に終止符。東京女子流インタビュー。メンバーが振り返る過去と未来のキラリ☆な瞬間

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(左から)山邊未夢、新井ひとみ、中江友梨、庄司芽生

誰もこんな長く続くっていう未来は予想できなかった

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そんな感じで出会った女子流ですが、初期はみなさん、どんなことを考えていたんですか?

  • 未夢

    私はとにかく「怒られたくない!」って感じでしたね。置いてかれないようにってとにかくレッスンを頑張ってたって感じで。「これからどうなるんだろう?」とかは考えてなかったですね。

  • 友梨

    でも今考えると、初期にいただいた曲とかって、当時の私たちの年齢に対して大分背伸びをした感じで。「いくつになっても歌える曲」というのを考えて作ってくださっていたので。スタッフさんに楽曲の意味とかを教わりながら、一生懸命ついていく日々でしたね。

初期から中期は、相当、攻めた曲が多かったイメージです。

  • 友梨

    年齢も非公開だったから、ダイレクトに年齢がわかっちゃうようなことも言えなかった中で、当時「すごくクール!」「大人っぽい」って言われたりもしましたけど。中身はみんなと変わらない年齢の子どもでしたね。

  • 未夢

    あと、初期で思い出したんですけど、すごく最低なこと言うんですけど。

最低な話が来ますか。

  • 未夢

    最初は女子流を“踏み台”にしようとしてました。元々ボーカル志望じゃなかったし、「これでうまく行ったらモデルと女優になれるんじゃない?」って。だから当時は「1〜2年くらいで辞めることになるかな」って思ってました。

え!? その割には……。

  • 未夢

    その割には長いことやらせていただきまして(笑)。

  • 友梨

    でも、誰もこんな長く続くっていう未来は予想できなかったと思いますよ。

  • ひとみ

    うん。2006年からエイベックスにいるんですけど、最初は土日はオーディションのために東京に来てって生活をしていたから。だから女子流に受かったことが何よりも大きかったです。その時の喜びがすべてに勝ってました。あのとき「これから何が始まるんだろう」ってワクワクして。そこからすべてが後からついてきたって感じでしたね。

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「これから何が始まるんだろう」。グッとくる言葉ですね。さて、ここでみなさんには16年間を振り返っていただいて、「超個人的な忘れられない“キラリ☆な思い出”」をひとつずつ挙げていただけます。

  • ひとみ

    うーん、当時の衣装の話なんですけど。チュチュ(バレリーナが着用するふんわりとしたスカート)を履いてたんですけど、足を長く見せる衣装だったので、そっと腰のかなり上のところで履いてました。

それはメンバー全員ですか?

  • ひとみ

    あ、ひとみだけです(笑)。「足長くしないと!」って上にギュ〜って上げて。今考えると、あの努力も懐かしいなって。

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いいですね! 今振り返ればキラリ☆な思い出です。なんか暴露っぽいですが(笑)。では友梨さん。

  • 友梨

    私は、17歳、高校2年生のときに、大阪から上京してきたんですけど。それまでは通いで。芽生とかは高校1年のときに上京してきてるので、私は1年間いろいろ悩んだんですよね。変な話なんですけど、「東京に出てきてしまうと、本当に覚悟を決めなくちゃいけない」って考えてたんだと思うんです。女子流に向き合って活動してたけど、やっぱり甘えてたのかなって。

ちょっとわかる気がします。

  • 友梨

    スタッフさんにも「どうするの?」って言われ続けていたし、高1の最後の方だったので、選択しなくちゃいけないっていう期限が迫っていたんですよね。いろいろ葛藤してたんですけど「東京に来よう」って決めた日があって。その日は、いつも通り稼働していた日で。ライブとかだったと思うんですけど。「決めた」って。女子流をやっていて、何度も“覚悟を決めた瞬間”はあったけど、最初のタイミングは、この日だったなって。

「東京に来ると決めた日」。キラリ☆な瞬間ですね。ある意味、「本当の“東京”女子流になった日」というか。

  • 友梨

    でも、本当にそうです。その日「東京に出てくるってことは本当の東京女子流になるんだ」って自分の中で思いました。それまではどこか“大阪女子流” だったなって。