ガラスガールNEXTでお送りする、毎月さまざまなアイドルが登場しフリーダムに執筆する「マンスリーアイドルコラム」。
2026年2月水曜を担当するのは、丑03-USHIMITSU-の閻魔(えんま)!
彼女のコラムは今月4日、11日、18日、25日の全4回配信。
第1回目は、アイドル・閻魔が誕生するまで。その数奇なキャリアを振り返ります。
ちなみに、火〜金曜それぞれ初週はガラスガールNEXTに未加入の読者も閲覧可能。来週以降はぜひ、ガラスガールNEXTへご加入を。
葬儀屋とアイドルに誘われて
ガラスガール マンスリーアイドルコラムをご覧の皆様へ。
初めまして。閻魔です。
『丑03』という“team”に所属しつつ、割とガチ目にアパレルブランドのデザイナーをしています。
今日から2月の毎週水曜日、担当させていただきます。
よろしくお願いします。いぇい。
普段はなかなか自分のパーソナルな部分を表に出すような機会もあまり無いので、今日から毎週、自分なりに色々なテーマをあげて書いていこうと思います。

突然ですが、今これを読んでいるあなたは音楽やライブが好きですか?
そうですか。
私も好きです。
じゃあ、これで私とあなたには共通点がひとつ、出来てしまったので、もう仲間です。
これをきっかけにとりあえず今日のところは最後まで読んで下さい。
さぁ、ここから本題です。
今回このお話を頂いてから、何を書こうかと考えていました。
正直毎日「頭の中にはノイズが沢山」というタイプで真面目な事からとてつもなくくだらなすぎる事まで、書きたい事って沢山あります。
けど個人的にまずはどんな人なのかあまりわからない人の、ましてや活字なんてもんは
なかなか読む気になれないような気がするので今回は
「おれって、こんなかんじなんだぜ!」
ってわかるような、閻魔エピソードZEROみたいな部分を書こうかなと思います。

私はこの“アイドル“と呼ばれる世界に、気がつけば10年程存在しています。
ですが、もともと自分の意思で「アイドルになろう」と思った事はありませんでした。
だって10年前、私は葬儀屋さんだったのです。
昔から人間の生と死に興味があったし、何故だか出立ちや所作が大変向いているという事で世にも珍しい“葬儀屋にならないか”という葬儀屋スカウトをされるという謎ルートで葬儀屋として働いていました。
では、そんな私がどうやってこの世界に入ってきたのか?
自分の周りでもよく聞くきっかけって
・元々アイドルを目指していた
・憧れのアイドルのようになりたい
・可愛い衣装を着てキラキラしたい
とか他にも沢山あると思うんですけど、私はそれらのどれにも当てはまりませんでした。
勿論、もともと音楽は普通に好きでそれこそ好きなバンドのライブには中学生の頃からよく行っていたし、高校生になると学校をズル休みしてまで行ったりもしてました。(担任の緒方先生ごめんな)
でも本当に好きなだけだったし、“興味がある”訳じゃなかったので自分がまさかアイドルになるなんて1ミリも思った事はなかったんです。
じゃあ尚更、なんで? って思いますよね。
私がアイドルになった理由を聞かれたならば、こう答えます。
「詐欺に遭いました」
まぁざっくりと、わかりやすく言うとこれです。
ざっくりと書くにはちょっぴりパワーワードすぎる気もしますが、詳しい事はまた機会があれば書くとして、きっかけはそうでした。
で、紆余曲折ありまして。
なんか面白そうじゃんって事でやってはみたものの当時、私は自分の事も好きじゃなければ歌も上手くない。ダンス経験もゼロ。
挙げ句の果てには葬儀屋さんにスカウトされるくらいですから、愛想があってニコニコ可愛い愛嬌ありってタイプでもありません。
そして何よりも、集団行動が大苦手。
今振り返ると、面白いくらい絶望的なスタートだったと思います。
でも不思議と辞めようとは思いませんでした。
結果、面白かったんですよね。
それまで自分に合っていると思える場所ってなかったから。
知れば知るほど、音楽に触れれば触れるほど、歌えば歌うほど、全然思うようにいかないし。上手くいかなくて、それがめちゃくちゃ面白かった。
気づいたら夢中になっていました。
大袈裟じゃなく、「こんな自分にも居場所があったんだ」と思った。
最初の数年なんて右も左もわからずにただ言われたことについて行くので精一杯だったけど、4年目あたりからはビビるくらい負けず嫌いな性格が功を奏したりなんかして。
毎日壁に立ち向かいまくって、大人にも歯向かいまくって、毎日泣いて、毎日喧嘩して、「あーなんかめちゃくちゃ生きているなー」って思えるようになっていました。
それと同時にその頃からお客さんも増えてきて『閻魔』の輪郭ができた気がします。

それからの私は、自分の本当に好きな音楽や表現をちゃんと突き詰めたくなって自分で歌詞を書いたり、曲を作ったり、衣装を作ったり、最終的にはプロデュースをしながら活動をするようになっていきました。
できる限りのことは全てやりました。
この頃は全部自分でこなしていたので、文字通り目紛しい毎日で今頑張って思い出そうとしても記憶喪失になったのかと疑う程に記憶が無い。
けれども私にとっては、プロデュースをするって事は、人の人生の時間を自分が奪っている訳で、その中で責任を持ってやる事に妥協や手を抜く瞬間は無かったとはっきりと言い切れるくらい全てを尽くしていたので、この時期がきっと今の『閻魔』の芯になったんだろうと思います。
結局、人は自分が一番可愛いものだと思うし。
自分だってそうだった。今でもそんな瞬間があるかも知れない。
でもこんな自分でも、ちゃんとメンバーやお客さんの為に数年間毎日欠かさずに全てを背負って自分のできる全てを尽くしてここまで来られた。
こんな風に実感してからは、いつの私よりも、私は『閻魔』としてすごく強くなりました。
その頃から今もずっと私なりに守っていることがあります。
諦めない事。
投げ出さない事。
妥協しない事。
そしてお客さんに対して嘘をつかない事。
丑03になる前のグループにいた時、私達には大きな目標がありました。
その目標を信じて、グループ全員が前を向いていました。

私は、当時のお客さん達に対して叶えるから「待っていてほしい」と言いました。
結果としてその目標が叶うことはありませんでした。
メンバーは誰も悪くありません。
辞めたくもなかった。
私はそのグループを辞めてすぐは、正直もう音楽なんてやらないって思ってた。
もう人を信用できなかったから。
毎日ライブしてた日常がなくなって自分に価値を感じなくなってただ過ぎていくだけの1日を何度も過ごしました。もういいや。人生なんてって思ってた。
だけど、そんな毎日がすぎる中でどうしても心のどこかで引っ掛かっていたことがありました。
私はこんなに応援してくれていた人達に結果として嘘をついた。
このまま、辞められない。
人から見れば些細なことで、深刻に考え過ぎて馬鹿馬鹿しいかも知れないけれど私の信念でした。
考えてみればこの世界に飛び込んで私はすごく、人間的に強くなった。
元々本当にろくでもない人間だったんです。
だからよく言う事があるんですけど、私は他のアイドルさん達のように「みんなを笑顔にしたい」とは思っていません。
だって私は苦しい時や悲しい時に、うまく笑えないから。
だからこそ負の感情に寄り添えたらいいなって思って歌を歌うようになりました。
そう思ったらまだ自分には歌うエネルギーあるじゃんって思ったんです。

って訳でまた一からやろうって決めた時、どうせやるなら自分のやったことのない音楽がやりたいし、絶対面白くないと飽きちゃうだろうなと思って、沢山のお誘いの中から、いちばんぶっ飛んで面白いことしてくれそうな大人を選んだ結果、ハシバさん(ハシバタカナリ。丑03プロデューサー)と組む事になりまして
私は今、ここに居ます。
正直、振り返れば10年の中で楽しかった事って本当に多くはなくて、でもそんな中で今日まで沢山ライブをして、日々いろんな人と出会って、そこにはいつもひとりひとりの、沢山の感情があってそれに触れる度に全部忘れちゃうくらい「最高」って思う。
だからまだ辞めたくない。
今もそう思っています。
今は丑03の閻魔として、丑03がいろんな場所に届くように、毎週、毎月、日本中を駆け回っています。
ここまで読んでくれたあなたの元にも、いつか直接届けられたら嬉しいです。

これをきっかけに、丑03を聴きにきてくれたら。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。
閻魔でした。
PROFILE
閻魔(丑03-USHIMITSU-)
えんま
9月18日生まれ。2017年にアイドル活動をスタート。いくつかのグループを経て、2024年9月に丑03-USHIMITSU-の一員に。その傍ら、国産素材にこだわるジェンダーレスブランド「MAGDARAS」のデザイナーとしても活躍する。
オフィシャルホームページ
http://ushi03.com/文/閻魔(丑03-USHIMITSU-) 写真/閻魔、ニッタダイキ、清水舞
