AKB48劇場でアイドルとしての基礎を学びました
田北さん自身も渡辺麻友さんみたいなアイドルになりたくて、AKB48を目指したという感じですか?
- 田北
そうですね。でも正直アイドルが好きだったので、乃木坂46とかもオーディションを受けていたり、AKB48も何度か受けていて、ドラフト1期生(2013年)でようやく合格できたって感じです。
でもドラフトって、まずは候補生としての合格で。現役メンバーから指名されないと入れなかったじゃないですか。田北さんはチームAのメンバーとして2巡目に指名されて。
- 田北
当時は横山由依さんがキャプテンで、しかもまゆゆさんがチームAにいたんですよ。だからチームAに入りたいと思って。でも他のグループに指名される可能性もあったし、だから本当に奇跡だったなって。すごい嬉しくて、頑張ろうって思いました。

AKB48時代を振り返ってどうですか?
- 田北
なんやかんやで8年続けさせてもらって楽しかったなって。アイドルとしていろんな経験をさせていただきましたし。
私は選抜に入るタイプではなくて、劇場公演にたくさん出ることがメインだったんですけど。ステージで歌って踊ることに憧れていたし、経験を重ねていくなかで、パフォーマンスの見せ方だったり「自分を好きになってもらいたい」とか、「元気を届けたい」っていう、自分がアイドルをする上での基礎になったと思うんです。
もともとテレビを目指したいとか、女優さんになりたいとかじゃなくて、本当にアイドルが好きで、歌って踊りたいが一番で。もちろん選抜メンバーを目指していて、悔しいなって気持ちはあったけど、劇場公演にやりがいを感じていたし、支えていけるメンバーでありたいなって思っていたので、楽しかったです。

憧れの“まゆゆ”を近くで見てどうでした?
- 田北
でもチームAに入ってしばらくして組閣があって……。まゆゆさん、またチームBに行っちゃって。ほとんど一緒に活動できなかったんですよ。まゆゆさんは私のなかで神格化しすぎちゃって、同じ空間にいるんだけど、いないみたいな。他の先輩と違って相談するとかも恐れ多くてできなかったですね。
じゃあアイドルの基礎とかを教えてもらったのは?
- 田北
やっぱりたかみな(高橋みなみ)さんですね。基本的な挨拶から、レッスンとか劇場公演とかで「こうしたほうがいいよ」って教えていただいて。メンタル的なこととかも相談にのってもらったり。

素晴らしいですね。あの頃は紅白歌合戦も出てましたよね。
- 田北
メンバー全員で出たりして、有名な方と一緒のステージにいて。もちろんすごいことだと思っていたんですけど、今思うと、もっとありがたみをかみしめてもよかったなって。年末の恒例行事みたいになってしまっていたので。
レコ大から紅白、そしてCOUNT DOWN TVみたいな流れありましたもんね。
- 田北
私がAKB48に入ったときの初めての大きなコンサートが国立競技場で、夏は東京ドームに出てみたいな感じでしたし。今、プロデューサーになって、あれがどれだけすごいことだったのか実感するようになりましたね。でも、そういう経験もできたことが、今の自分の役に立ってると思います。
田北さんといえば、AKB48時代に大学でアイドル論の講義をしてたじゃないですか。やっぱり当時からプロデューサー目線もあったんですかね?
- 田北
あの頃、コンサートがあった、違うチームの公演とかを見に行ったりしたら、自分なりの感想をSHOWROOMで配信してたんです。それがファンの方からも「第三者目線みたいな感じでしゃべってるのがいいね」って言ってもらえたり。AKB48ってたくさんメンバーがいるから、そのなかで自分のアイデンティティを見つけ出すのが大変なんですけど、アイドルを語るってことが、私の目立てる部分になったのかなって思うし、それも今の自分にも繋がっているのかなって。

