「昔の私」が後悔するかも

そんな桃井さんですが、アイドルとの出会いはいつなんですか?
- 桃井
その高校生の頃です。年末の紅白で、欅坂46さんの『不協和音』を見て。それまではアイドルって「とにかく自分がかわいいのを見てほしい」ってイメージだったんですけど、そのときに見た欅坂46さんは全然違いました。
『不協和音』は“魔曲”なんて呼ばれ方もする、欅坂46の楽曲の中でも尖った1曲ですよね。
- 桃井
もう、この曲に命を懸けて踊っている感じが衝撃でした。大晦日にその姿を見て、三が日は昼間から夜通し「欅坂46」で調べ倒して。メンバーの皆さんも別に自分たちに自信があったわけじゃなくて、苦労しながらファンと一緒になって自分たちを認めていく……みたいな。「アイドルって成長ストーリーなんだ」って気づいて、そこからオタク生活が始まりました。

アイドルのイメージが一変する出来事だった、と。というか、プロデューサー、メンバーと元坂道ファンが多いAsIsですが、桃井さんもそうなんですね。
- 桃井
ななさんをまず坂道オタクとして知って、その方がグループを作るってことだったので。「絶対入りたい」って思ってました(笑)。
となると当時、坂道シリーズのオーディションも受けてました?
- 桃井
“坂道合同オーディション”は応募してました。昔から「看護師になりたい」って言い続けていたので、「これ、もし通ったら親に怒られるな」って思いながら(笑)。でも、全然書類落ちでした。今思えば、そこまで強く「絶対にアイドルになりたい」と思ってたわけじゃなかったので、そのまま看護師の道で頑張ろうって、大学に進みました。

実際、小さい頃から憧れていた看護師生活はどうでした?
- 桃井
夢だった救急に就けたのはすごく嬉しかったんですけど、なんでしょう。もっと寄り添えると思ってたといいますか。
もっと寄り添える?
- 桃井
やっぱりドラマの世界とは違うし。そもそも救急って一刻を争う場所なので、とにかく患者さんが無事になるよう処置をして、すぐに入院病棟の看護師にお渡しする感じで。……私がやりたかったのって、これじゃなかったのかもなって。
なるほど。
- 桃井
それでその頃……もうアイドルになることなんて考えてもなかったのに、ふと「アイドル オーディション」で調べた日があって、そこでAsIsのオーディションを見つけたんです。正直、看護師は資格があるからいつでも戻れると思ったし、このまま看護師を続けたら、もしかしたら「アイドルになりたかった昔の私」が後悔するかもって。

先程「ななむぎさんを知っていた」という話もありましたが、AsIsの何に惹かれたんでしょう。
- 桃井
「私たちは『君の好きを否定なんかしない』」というフレーズだったと思います。「あの頃、一瞬でもアイドルになりたかった気持ちを否定してしまっていいのかな」って思って。最後にもう一回だけ挑戦してみようとオーディションを受けました。
でも、それこそご両親は「看護師からアイドルになること」は“否定”しませんでした?
- 桃井
怒られました(笑)。合格するまで何も言わずに、婦長に「何月で辞めたいです」って伝えたあとに報告したんですけど。……でも両親は、アイドルの“闇”的なところを心配していたんです。活動が進んでいくにつれて、そんなものはないって理解してくれて。今はすっかり応援してくれてます。
