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【短期・不定期連載】2009年のAKB48・彼女たちが“国民的アイドル”となった瞬間 --或る記者が見た あの頃-- 第3回「総選挙がもたらしたもの」

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昨年末に19周年を迎え、今年20周年イヤーへ突入したAKB48。

そんなタイミングで、AKB48が「国民的アイドルグループ」へと階段を上っていった瞬間を振り返ろうという当連載。この長い歴史を振り返えれば、2025年の明日が見えてくる!

佐藤亜美菜のコメントがどうしてもほしかった

 記念すべき「第1回AKB48選抜総選挙」は前田敦子が1位に輝き、幕を下ろした。

2位が発表される直前、一部の観衆から「前田、前田」という声が聞こえてきた。残る人気メンバーは前田敦子と大島優子。前田のセンターを快く思っていない人たちからの声だった。前田に聞こえるか、聞こえないかぐらいの声量だった。

ネット上でもアンチからの批判は上がっていただろうが、リアルな現場にもそういった声があった。1位で呼ばれた前田は、「AKB48に自分の人生を捧げるというのを決めている」とスピーチした。それはアンチへのアンサーに聞こえた。

前田は当時、高校3年生。2日後に18歳の誕生日を迎える17歳だった。すさまじい覚悟でセンターに立っていたのだと、この日初めて知った。それまで2年以上AKB48を取材していながら、私は前田のことを何も知らなかったと恥じた。

もちろん、前田にはセンターについてどう感じているのか、訊いたことはある。その度に前田は多くを語らなかった。そのため、さほどプレッシャーには感じていないのではないかと思い込んでいた。ところが、実際は違った。

彼女のスピーチの「人生を捧げる」というフレーズは、高校生が吐くにはあまりに重い言葉だった。

 私は赤坂BLITZを後にした。帰宅してからも会場の熱気をそのまま引きずっていた。リビングの定位置に座り、その日の出来事を反芻した。

 2位発表の瞬間の心ない野次、松井玲奈や前田敦子のスピーチ、満身創痍に見えた大島優子、滅多に感情を出さない篠田麻里子の涙、8位に入った佐藤亜美菜、ギリギリ選抜入りをした倉持明日香、たった3票差でアンダーガールズに甘んじた米沢瑠美……。

すべてがドラマチックだった。このことを誰かと語り合いたくてたまらなかった。総選挙はすべてのメンバー、ファンの感情を引き出す装置だった――と気づくのはしばらく経ってからのことだった。とにかくAKB48はとんでもないイベントを発明したことだけは確かだった。

総選挙で選抜メンバー21名が決まった。AKB48は驚くべきスピードで次のシングルへと動いていく。総選挙が行われたのは7月8日。その1週間後にはこのメンバーでMV撮影をすることになっていたのだ。音楽業界ではありえないスピード感だ。

 シングルのタイトルは『言い訳Maybe』に決まった。私はこのMV撮影に密着することになっていた。撮影は東京近県で2日にわたって行われる。その初日からついて回った。

 撮影は、初日が自転車レース、2日目がダンスシーンの予定だった。私はカメラマンの車で千葉県の佐原に向かった。水郷と古い町並みが残っていることで知られている。カメラマンは木村智哉。これまでにアイドルの写真集を百冊以上撮ってきた人物で、この頃はAKB48の現場によく顔を出していた。ちなみに、『大声ダイヤモンド』のジャケットを撮影したのは彼である。その車には、キングレコードの湯浅順司も同乗していた。彼はAKB48のA&Rを担当していた。この2人は、AKB48がキングレコードに移籍する際のキーマンである。

 しばらく密着していると、数人だけの撮影シーンになった。MVは常に全員が稼働しているわけではない。撮影のないメンバーはしばらく休むことになる。そのタイミングを狙って我々は取材するわけだが、撮影が優先のため、数時間コメントを取れないままでいた。すると、佐藤亜美菜が暇を持て余していたのに気づいた。ここぞとばかりにコメントを取りに行った。亜美菜はどうしてもコメントがほしいメンバーだった。

 亜美菜は選抜総選挙で8位に入るという番狂わせを演じていた。総選挙で何を感じたのか、知りたかったのだ。彼女は「みんなに迷惑をかけないようにひたすら頑張ります。昨日は眠れなかった」と話した。シングルのMV撮影に臨むことなど、今までの彼女にしてみれば考えられないことだったからだ。選抜メンバーの中に自分がいる。選抜と一緒にMV撮影をしている。その事実はとてつもない緊張になって彼女を襲っていた。ただ、亜美菜はどこか清々しい顔をしていた。総選挙当日の緊張に比べれば、なんていうことはない。戦いを終えた人間の顔を夕暮れが美しく照らしていた。しかし、彼女はMVで一瞬しか映らないことをまだ知らなかった。

 撮影2日目はいわゆるピーカンになった。関東では前日に梅雨明けが発表されていた。ファンは覚えているだろう。白い講堂をバックに、広い芝生の上でのダンスシーンが行われた、あのシーンだ。

 気温は午前中からぐんぐん上がっていき、30℃を軽く超えていた。日差しが痛い。撮影はテイクの度に中断する。すると、マネージャーやメイクさんがメンバーの元へ日傘を持って駆け寄る。日焼け防止のためだ。メンバーは芝生の上を動いてはいけなかった。AKB48は人数が多い。ただでさえ人手が足りないので、私も日傘部隊に加わった。なんとなく、私は渡辺麻友と柏木由紀の担当になった。スタッフは自然と1期生と2期生を優先したのだろう。

 撮影が再開される。もう一度イントロからだ。あるスタッフがメンバーに、「頼むよ! マイケルだよ、マイケル!」と叫んだ。なんのことかわからなかったが、しばし考えてピンときた。『言い訳Maybe』のイントロは、メンバーは10度ほど前傾する。これは、マイケル・ジャクソンが『Smooth Criminal』で見せる、有名なムーブ「ゼロ・グラヴィティ」を模していたのだ。ダンスで世界を魅了し、“KING OF POP”と呼ばれたマイケルが亡くなったのはわずか数週間前のこと。急遽、取り入れられたようだった。誰にも確認はしていないが、きっとそういうことだろう。

 すべての撮影が終わると、室内に戻った。すると、関係者がケーキを持って部屋に入ってきた。その日は柏木の誕生日だった。先輩たちの拍手の中、柏木は照れくさそうに笑っていた。