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【短期・不定期連載】2009年のAKB48・彼女たちが“国民的アイドル”となった瞬間 --或る記者が見た あの頃-- 第2回「秋元康の視線の先」

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ただ真っすぐにステージを見つめていた

 運命の7月8日。開票イベントが行われる会場は東京・赤坂BLITZ。観客は1000人ほどだろうか。海の物とも山の物とも知れぬイベントは、否が応でも観る者を緊張させた。鼓動が高鳴っているのを抑えながら会場入りした。

 この日の私は密着していたわけではないため、舞台裏のことは見ていない。席がなかったので、下手のステージ付近でこの前代未聞のイベントを立ちながら見守っていた。

 AKB48が『涙サプライズ!』を、SKE48が『強き者よ』を歌い、いよいよ開票イベントが始まった。

 メンバーの名前が呼ばれるたびに、会場からはどよめき、歓喜、落胆……といった様々なリアクションがあった。それはコンサートにおけるコールやMIXとは違う類のものだった。決まりきったものではない。目の前で起きていることに対する、素直な反応だった。エンタメとは元来こういうものを指すのだ。

 とりわけ素晴らしいと感心したのは、スピーチの時間が設けられていることだった。今、何を感じているのか、メンバーは順位確定後に話さなくてはならない。ランクインして嬉しいメンバーもいれば、そうでないメンバーもいる。だが、誰もがスタンドマイクの前に立ち、感じていることを話す。スピーチもまた総選挙を国民的なコンテンツに押し上げた要因だった。

 とりわけ29位にランクインした松井玲奈(SKE48)のスピーチは胸に刻まれた。涙でぐしゃぐしゃになりながらも、「正直、この結果には満足していない」「いつかは一番が獲れるように頑張りたい」と語気も荒く話したのだ。当時のSKE48は結成されたばかりで、AKB48のライバルとすら思われていなかった。なのに、「一番を獲りたい」というのだ。このイベントは本音すら透かしてしまうと思い知った。

 最大のサプライズは8位で呼ばれた佐藤亜美菜だった。速報15位、中間18位と順位を落としていたのだが、蓋を開けてみれば8位。立派な選抜メンバーだ。9位は柏木だ。4期生が3期生をかわした。

 結果はもちろんのこと、亜美菜のスピーチもまた感動的だった。彼女はAKB48になりたくてAKB48に入った。グループに貢献しようといろんなチームのダンスを覚えた。そんな半生を涙ながらに話した。他のメンバーも涙を抑えることはできなかった。

 彼女の卒業直前、インタビューを試みた。すると、「総選挙で一番インパクトを残したのは私だと思う」と胸を張った。総選挙は下剋上を起こせるイベントだと、後輩に教えたのは亜美菜だった。

 いよいよ残るは上位数人。そんな時、後ろからトントンと肩を叩かれた。ぱっと振り向くと、そこには知らない大人が立っていた。どうやらその大人が私の肩を叩いたようだった。その彼は「こっちを見て」とばかりに横に視線をやる。まったく気がつかなかったが、私の真後ろには秋元康が立っていた。私は初めて秋元康を至近距離で見た。その大人は「秋元先生が見えやすいように、少ししゃがんでくれると助かります」と言いたげだった。はっとした私はすぐさま膝を折り、総合プロデューサーが見えやすいように配慮した。

 秋元氏は恐ろしいほどに、ただ真っすぐにステージを見つめていた。あの瞬間、彼は何を感じていたのだろうか。

※次回の配信をお待ちください。

文/犬飼 華