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「底力くんに会いに行きなさい」近代アイドル史に影響を与えた〝夏まゆみ〟の名言たち

natsu
夏先生の遺作となった『人はいつでも、誰だって「エース」になれる! 心とからだが輝く72(ナツ)の言葉』。最後までアイドルを目指す少女たちへ〝言葉〟を送っていた

今年6月、ダンスプロデューサーで指導者の夏まゆみ先生が亡くなった。

訃報が流れると、後藤真希、柏木由紀かつての教え子たちばかりか、中山美穂までも追悼の意を表した。夏先生はかつて中山美穂のバックダンサーだった。

夏先生はイギリス、北米、アジアなど世界各地を渡り歩いてダンスを学んだ後、ニューヨークのアポロシアターに日本人で初めてソロダンサーとして出演。1998年には長野オリンピック閉会式の振り付けを考案、指揮。『NHK紅白歌合戦』では20年以上にわたって振り付けを担当してきた。

夏先生がアイドルシーンで有名になったのは、1997年、『ASAYAN』に出演したことがきっかけだった。モーニング娘。に指導したことが話題になったのだ。それ以前に吉本印天然素材、ジャニーズJrの振り付けを担当していたことで声をかけられたのだろう。

後年、本人もブログで語っているが、夏先生は自身の仕事を「振り付け担当」と言われるのを好んでいなかった。振り付けは仕事の一部でしかなく、発掘、育成、悩み相談など、すべてをひっくるめたものが自分の仕事だと自負していた。

そのため、生徒たちにどんな言葉を伝えるのか、ということに神経を使っていた。

それは、彼女に師事したアイドルたちの言葉から伝わってくる。ここでは、そんな言葉たちを紹介しよう。

元モーニング娘。の保田圭は「先生が贈ってくださった言葉のひとつひとつが、厳しくもあり、愛溢れるものでした」と振り返った。高橋愛は「今まで夏先生にいただいた言葉絶対に忘れません」と哀悼の意を表した。2人とも「言葉」が今でも胸に刻まれているという。これは偶然ではない。

先生の有名な言葉に、「目からビーム、手からパワー、毛穴からオーラ」というものがあるが、ここからはAKB48のメンバーの追悼をもとに、具体的に挙げていこう。

「峯岸はダンスの才能がある」

これは1期生・峯岸みなみがツイッターで挙げたセリフ。デビュー当時の峯岸は、ダンスを習っていたものの、その経歴を活かすことができず、前の方で踊ることができずにいた。そんな峯岸に贈ったのが、「ダンスの才能がある」の言葉。「それまで生きてきた中でも一番嬉しい出来事」と振り返った。

「君たちはもう今日からプロなんだよ」

これは、2期生・宮澤佐江の思い出の言葉。「恵まれた環境にいることを忘れるなよと、お金を払って観に来て下さる人たちがいることに感謝しなさいと、君たちはもう今日からプロなんだよと、何も知らない私達にエンターテイメントの基礎厳しさと大きな愛で丁寧に教えて下さいました」と熱く語った。

「秋葉原の劇場のステージは片足で登れるくらいの高さだけれど、この高さを登るってことがアイドルになる、プロになるってことなんだよ」

これは3期生・柏木由紀の回顧だ。デビューの前に夏先生が「涙ながらに教えてくださいました」という金言だ。この言葉でただのアイドルファンがプロに変身する決意を固めた。

2013年、AKB48のリクエストアワーに夏先生がサプライズ出演したことがある。ファン投票で人気楽曲の順位を決めるイベントの2位に、宮澤がセンターを務める『奇跡は間に合わない』が選出された。SNH48への移籍を前にした宮澤を祝うため夏先生が登壇すると、宮澤はもちろん、大島優子も泣き始めた。レッスンを思い出したのだろう。

夏先生はメンバーに優しく語りかけた。

「人間にはね、底力っていうのがあって、ちょっと怖いイメージがあるから、『くん』を付けておきましょう。その底力くんはみんなの体の中にいます。大変な時、辛い時にしかムクムクって出てきてくれないけど、みんな持ってるから。一番辛い時こそ、底力くんに会えるチャンスなんだ。自分の底力くんに会いに行きなさい」

直立して聞いていたメンバーは「はい」と返事をした。ステージには、先生の言葉を聞き逃すまいと、しんとした空気が漂っていた。

指導者とは、その人がどんな実績を残したかどうかではなく、どんな言葉を残せるか。それにかかっている。仕事柄、様々なタイプの振付師を近くで見てきたが、一流と呼ばれる人は刺さる言葉を持っている。牧野アンナ先生、TAKAHIRO先生、CRE8BOY先生、NMB48のAKIRA先生……。アイドルとは、どんな曲に出会うか、誰がプロデューサーかも大事だが、アイドルとしての振る舞いの基礎を誰に学ぶかもまた同じくらい重要なのだ。

『紅白』のスタッフと交渉を繰り返して、「振付 夏まゆみ」とテロップを出してもらう権利を勝ち取ったという夏先生。振付師の地位向上にも尽力した。そう考えると、すべての振付師は夏先生の影響下にあると言っていい。ということは、現在のアイドルシーンを我々が楽しめているのも夏先生のおかげなのかもしれない。

ご冥福をお祈りいたします。

取材・文/犬飼 華